如月.com

開拓者の血が入った20歳男性の企画、紹介、雑記ブログ。雑記!!

如月のプロフィール

【如月】……本名 「長内 伸平(オサナイ シンペイ」

 

「如月」

    の理由は誕生日が2月の21日だから

 

 

 

・落ち着きがなく泣き虫だった小学校時代 

 

小学校の時代はひたっっっっすら落ち着きがなかったです!!(今もだけどw)

 

落ち着きなさ過ぎて、廊下走りまくり

授業中騒ぎまくり、そして先生に怒られまくりで一年生の通信簿では

 

△が12個もついていたww

 

 

そしてクラスに絶対一人はいる

 

「冬なのに短パンTシャツ」

 

の一人でした!!

 

とにかく人を楽しませるのが好きで、友達ともそこそこ楽しく生活してました!

 

 

だが、メンタルがめっちゃ弱く少しでも

先生に注意されたり、「面白くない」と

友達から言われると、

 

秒で机に突っ伏して泣く

 

というとてつもなくめんどくさい小学生

でした。

 

粘土や水彩画など物を作るのが好きで「図工」を死ぬほど愛し

 

1〜6時間まで全部「図工になれ」とか一人で思ってましたww

 

 

 

ちなみに「伸平」の名前の由来は母親に聞いたところ

 

「人よりも先に伸びて平定させれるように」

 

ですって!!!

なんとまぁ圧倒的名前負けwww

 

そうなれるよう頑張るよ!お母さん!!!ww

 

 

 

・絵にハマった中学時代

 

 

体育と美術をこよなく愛していた運動のできるデブの如月も中学に入学

 

部活はもちろん美術部に入部。

 

しかし、大人しい部員が多い中

 

脳内お祭りハッピー野郎の如月

 

はい、めっちゃくちゃ浮いてましたww

 

 

部活の先生に「話すより手を動かせ!」

 

と言われる事も少なくなかったですw

 

 

 

・美術の大会での優勝作品を見て絶句!!

 

他校の年下の人の作品を見て自分に圧倒的画力のなさを痛感しました。

 

もちろんメンタルは木っ端微塵!

絵を描くのをやめようとマジで考えました。

 

そんな落ち込んでいた時に顧問の先生に

 

「お前は人一倍、いや二倍くらいキャラがクソ濃いからお前にしか描けない絵を描け」

 

と言われ、そうすることにしました。

 

自分にしか出来ないテーマの捉え方、自分の中の世界を描いて考えに考えて大会に出し、

見事に町の大会で準優勝を取り、めちゃくちゃ嬉しかったのは今でも良い思い出ですw

 

そこで、「自分にしか出来ない事」と

「自分の人とは違う物の見方」を武器にしたいと思うようになりました。

 

 

 

バリバリのくそボッチの高校時代

 

そんなこんなで中学時代を謳歌した如月ではありましたが勉強は底辺クラス!

 

だが、エスカレーター式の高校だったのでなんとか入学!!

 

「自分にしかできない事」を探すあまり

 

周りが見えなくなり自分の思いを発信し続け、協調性を重んじるクラスの輪から

 

見事に孤立!!

 

面白いくらいに孤立しました。ww

 

そしてなぜか一年の時は美術部に興味が湧かず、入らず家に帰ってゲームばっかりしてましたww

 

そして、二年の頃に美術部に入部

 

しかし、専攻は「油彩」

 

かくゆう如月がやりたかったのは「アクリル」か「水彩」

 

初っ端から講師(ルーブル美術館に自分の絵が飾られてるくらいすごい人だったらしい。地元に帰ってきてたので高校が直々にお願いして講師として雇っていた)

に「俺油彩やりたくねぇ」と喧嘩を売り

 

部室の端っこで一人アクリル絵の具をやっていましたww(ここら辺から逆境に対しての鋼のメンタルが構築されていった)

 

入部してから少し反省し、最初の絵はその講師が言ったのをそのまま絵にし、全て言われたようにやって大会に出品。

 

 

「絶対優勝に決まってる」

と言われた絵は

 

 

見事に予選落ち。

 

 

そこからというもの、「こいつは油彩や」俺はアクリルなんじゃ、元々の住む世界が違うんじゃ!油彩特化したババァであってアクリル特化したババァではないんだ!!

 

と考え、それからは自分の思うがままに筆を走らせました。

 

 

そしてなぜか美術部であるにも関わらずバスケ部の助っ人としても参加!!🏀

 

運動もめちゃくちゃ好きだった!!

無駄に二足のわらじ!!

無駄に効率的に並行してやってました!!ww

 

そして

 

講師にいくら

 

「そんなのじゃ無理!!」

 

「構図がおかしい!!」

 

「バランスがなってない!!」

 

 

と言われても曲げずに自分の世界を絵に叩きつけました。

 

 

そうして出品した作品は

 

 

 

 

 

「奨励賞」(がんばったで賞)

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(実際の作品)

 

 

に入賞することができました!!

 

 

大会的に言えば大した事のない賞であったとしても

 

純粋に「自分が楽しんで描いた作品が評価された事」が嬉しかったです。

 

そして、そこから自分は狭い世界に囚われる事と人の目を気にする事をやめました。

 

だって、そこの部室内では落ちこぼれのクソ作品しか出さない奴でも

 

関わる人や、見る人が変われば賞に選ばれる事だってあると気づいたからです。

 

そうして、自分の個性を重んじて動こうと考える様になりました。

 

 

 

・高校卒業、埼玉へ

 

高校三年生の秋、そろそろ進路を決める頃

サラリーマンになるのは絶対嫌と思っていたので手に職を付けようと興味のあった「理美容師」になろうと決意

 

しかし、四人兄弟だったのでそんなにお金に余裕はない!

 

けどなるには専門学校に行くしかない!!

 

どうしようかと悩んでいた頃道外の求人の中で

 

「働きながら専門学校に通える、寮完備」

 

というのを見つけ

 

「もう俺にはこれしかねぇ!!!」

 

「しかも道外とか俺の学年で一人もいねぇ!!コイツらとは違う世界で働ける!!」

 

北海道を出て新しい世界や違う価値観を持った人達と接したいと思っていた如月にとってこれは絶好のチャンス!

やる気に満ち溢れておりました。

 

 

そうして、埼玉へと如月は出荷されたのでした!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして高校卒業と同時に埼玉へ旅立った如月。

 

彼の前に待ち受けていたのはけっこう厳しい現実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・三ヶ月で移動する事になった最初の店

 

 

入社して最初に派遣されたお店での事。

 

 

 

「周りの目なんて気にしねぇ!!

わしゃあ、己の道しか歩まんけぇのぅお!!」

 

とか意気揚々といくかと思いきや

 

高校の頃みたいに最初からやらかして

「変なやつ」

と思われるのを心配し

 

 

キャットをズッポリ被りましたw

 

そうして最初はイエスマンで周りに合わせてギャグを飛ばしつつ

「面白くて真面目なやつ」

のレッテルにまんまとありついた如月

 

順風満帆にいくかと思いきやそうではなかった。

 

最初はすごく人が良さそうな店長ではあったが実は酒が入ると「豹変」するタイプの方

 

飲み会に参加した時

「お前顔気に入らねぇんだよ」

と言われた時は流石に驚いた。

 

 

 

そして、寮も一緒だった。

 

 

毎日酒を飲む店長の行い(トイレに小を撒き散らす、だる絡み、見下し説教)

 

を受けていた為段々とフラストレーションが溜まっていった。

 

 

 

仕事はというと

 

「10やれ」

と言われれば自分のノルマを

「12」くらいに設定し

 

マニュアル通りよりも効率の良い自分なりのやり方を追求していた。

 

単純なタオル畳み、

 

床掃き、

 

床拭き、

 

カウンターの整理など

 

単純な作業を自分なりに楽しむ為に効率化を追求していた。

そして、それがなにより楽しかった。

 

 

掃除が早く終われば早く練習できる

 

時間にも余裕ができるのでゆっくりできる

 

そしてなにより、先輩が褒めてくれた

 

なにもできないなりに、如月は自分を磨きながら楽しんでいた。

 

 

が、しかしそんな生活も長くは続かなかった。

 

 

 

お店に来て二ヶ月が経った頃

 

お店のレジのカウンターに目がいき、

 

自分が机の陳列を整理してもいいか先輩に聞いてみた。(ポイントカードがレジのすぐ横にあった為、お釣りを渡す時にスタイリストと手が交差して非常に効率も悪いしなによりお客様に申し訳ないと思ったから)

 

先輩達からOKを貰い、カウンターの中の収納にポイントカードケースを収納。

 

ここに入れました。

と先輩達に伝達

 

 

店長はその時たまたま入客中。

 

お客様への技術が終了した店長、レジに入った際にいつもの場所にポイントカードがないのに相当腹が立ったらしかった。

 

裏に呼ばれた

 

 

そして

 

「今すぐ元の位置に戻せ」と怒鳴られた

 

 

そこで日頃から溜まっていた店長へのフラストレーションが爆発

 

効率的でないし、なによりも他の先輩達からも使いやすくなったと言われている。

 

入客中で言えなかっただけでそんなに怒ることではないはずだ。

 

 

と伝える。(新人だけどw)

 

 

 

先輩方は隠していたが

 

店長の本質が

 

スタッフよりも自分のお金の事しか考えてない事

 

店のため、と言いつつ本当は自分の都合の良い環境を作り出しているだけな事

 

 

来て一ヶ月でそれは簡単に見抜く事ができた。

 

 

 

 

そして言わないようにしていたけど限界だった。

 

そこで初めて、上司に逆らった

 

 

 

 

この件がきっかけで店長から露骨に目くじらを立てられることになる。

 

カウンターの整理を先輩に任された時も

 

店長はオーナーに

 

「如月の奴が勝手に店を改造してる」

 

と身もふたもない事を言っていたりもしたらしい

(先輩が教えてくれた)

 

 

そうしてどんどん店長の行動、態度、お客様への姿勢が許せなくなった如月は

 

 

 

週間報告書(店毎に週一で会社宛に書く書類。スタッフ一人一人に配られ練習の内容や営業の反省などを書く。)

 

に店長への不満を書きまくった。

 

 

 

 

「とにかく今のこの環境から出たい」

 

「店長として、上司として、先輩として

 

そもそも人としてすら見れない」

 

 

 

 

 

 

ここにいたら俺はクソになる

 

的な事をバババババっと書きなぐり提出。

 

 

 そして

その二週間後に移動が決まった。

 

 

 

 

 

尊敬できる他の人のもとで働ける!!

絶対自分の価値を上げてのし上がってやる!!

 

 

そう思いやる気満々だった如月

 

 

 

 

だがしかし、

そんな内容を入社して二ヶ月の新人が書くなんて誰も思っていなかった。

 

上司の立場を無視して、

自分の意見をそのまま書いたその後

 

 

次の店に移動になる時

 

張り付いたレッテルは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「性格に難ありの問題児」だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初のお店を移動した如月

 

次に移動した店は「若手育成店舗」

と言われる所だった。

 

 

 

・技術がなかなか伸びずに燻っているスタッフ

 

・スタイリストとなる為に技術を磨きたいスタッフ

 

・性格に難のあるスタッフ

 

 

が集まる店。

 

 

 

 

 

価格設定もかなり低く(カットだけなら900円)、お客様の年齢層も高齢の方が多い。

 

 

 

理容師としての「基礎」を学ぶならもってこいという訳である。

 

 

 

 

 

現に、スタッフを見てみると店長を除いて全員20代前半(自分を含め3人のスタッフがいた)

 

 

 

如月は三つ目の項目で見事に特待生として入店ww

 

 

そこの店長は女性で30代。最初は優しい方かと思っていた。

 

 

 

 

 

 

思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初の頃はw

 

 

 

 

 

 

そこからの一年は本当に厳しいものだった

 

 

 

・先輩に対しての態度

 

・社会人として取るべき行動及び言動

 

年功序列制度

 

・自分がいかに無力な存在であるか

 

を徹底的に叩き込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

特に、年功序列に対しては耳にタコでむしろ耳がタコに変身するんじゃないかと言うほどに

 

他にも

 

口の聞き方、叱られた時の部下としての考え方、自分よりも相手を優先する事など、

 

自分でも数えられないくらいの頻度で怒られていたw

 

 

 

でも、正直「自分」の主張が強く、相手の考えてる事をあまり理解しないのは短所なので自分でも治そうと努力していた   

 

 

 

 

 

そうして、店長からほぼ毎日の様に怒られながらも本気でぶつかって来てくれる姿勢に感謝しながら生活していた。

 

 

 

 

 

ただ、そんなバカポジティブを発揮できたのは精神面だけだった

 

 

 

 

 

入店してから二ヶ月で

 

 

「吐瀉グセ」がついた。

 

 

狂ったようにスーパーで惣菜、弁当を買ってくる。

食いまくり、水を飲みまくる。

 

そしてトイレに全て吐く。

 

吐きまくって空になった胃袋からも、更に吐こうと指を喉につっこむ。

 

心臓が痛くなってもやめずにとにかくえずきまくる。

 

 

 

 

金銭的余裕がなくなり、食べ物が買えない時は水道水をがぶ飲みして吐いていた。

 

 

叱られても、納得できない事が増えてきた

 

 

 

 

 

 

 

・練習せずにサボってるのにも関わらず「年上」だからという理由で先輩に従わなければならない理由

 

 

 

・押し付けられる「常識」(「そんなの常識じゃん」「常識だろうが」と怒られるも本当になにが常識なのかわからなかった)

「常識は誰が決めたんですか」

と聞いても

 

 

 

 

「それが社会人だから」

 

 

としか返ってこない。抽象的過ぎて考えても答えが出ない。  

 

 

モヤモヤを抱え、抱えながらまた叱られモヤモヤはどんどん面積を広げていった

 

 

そもそも、周りに「常識」を疑う人なんていなかった

 

 

 

むしろ、そんな考えを持っている自分は店内で「やべぇ奴」と分類されていた。

 

 

そんな中でも、笑顔を維持しながら自分の答えを探そうと脳内で検索しまくっていた。

 

入店してから五ヶ月で

体重が12kgも減っていた。

 

 

 

 

 

 

そして、それから五ヶ月後。

 

「幻聴」が聞こえ始めた。

 

 

朝起きてから夜寝るまで(夜中に何度も目がさめるから4時間も寝てないくらい)

ずーっと耳元で

 

 

「死ね」「なんで生きてんだ」「はやく死ね」「恥晒し」「生きる価値ねぇよ」「生きてるだけで迷惑」「消えろ」

 

 

 

と、年齢も様々、性別も様々な人達の声がずっと聞こえていた。

 

 

 

その頃、店長とは理解し合い

お互いの意見を言い、協力して実行できるところまで親密にはなっていた

(先輩には相変わらずリスペクト0であった)

 

 

なのにも関わらず幻聴が聞こえたのは今でも謎。

本当に謎で、謎が謎を呼んで謎でしかなかった。

 

 

 

 

軽く鬱なのかなとか考えていた

(たしかに、吐瀉グセも継続だったし、自分でも理解不能な行動を無意識にしてる事も多かった)

 

 

けれど、店長が自分の為に叱ってくれることと、支えてくれる事がなによりも嬉しかった。

 

 

そして、先輩達や他の店のスタッフを見返してやろうと思った

 

 

 

夜中まで練習に没頭する日が続いた

 

 

 

 

他店舗の店長や先輩にも練習を見てもらう事もあった。(本当に感謝しかない)

 

恩を感じてるのを行動で見せてやろうと思った。

 

 

必ずのし上がって自分を笑ってた奴らを、全員見返してやる。

 

そして店長にまでのし上がって、この会社No. 1の売り上げを叩き出せる店を作ってやる。

 

そう思っていた。

 

 

 

周りから理解されなかったり、落ちこぼれと言われれば言われる程、諦めたくない気持ちが強くなっていった。

 

とにかくがむしゃらに練習をし続けた。

 

 

 

 

そして二年目の秋。

 

 

店長にいつもの様に叱られていた如月

流石にモヤモヤの許容範囲がオーバーしたので、言い返した

 

 

「なぜ、俺しか怒られないんだ」

 

 

 

「なぜ、理解できない事を怒られ続けているんだ。自分で改善したと思ってもどこか重要な所が欠けてるからかまた怒られる。もう嫌だ」

 

 

 

今までずっと理解してくれないと思い

言わなかった事も全部出した。

 

 

 

 

そして店長に、また怒られた

けれど内容は今までのとは全然違った

 

 

 

 

 

 

・誰よりも叱ってるのはお前に一番期待していたから

 

 

 

 

・未来を思い描く(他業種でも同業種でも)自分をどこに行っても恥ずかしくない様にと自分なりに考え厳しくしてた

 

 

 

 

・将来この業界にいてもいなくても、「クソガキ」(家族)としてしっかり育てようと思った

 

 

 

 

言わずと知れた事だった

 

ズタボロになっても、調子こいていても

見て、支えてくれていた店長。

 

 

それにいつからか疑いを持った自分を本当に情けないと思った。

 

けれども、店長はこう言ってくれた

 

 

 

・お前はお前のままで良い。

会社、世の中の常識をお前が変えるくらいの力を身につけろ

 

 

上司、としてではなく

 

人、として話してくれた

 

 

その言葉を聞いて

 

初めて自分を肯定する人がいた事に気付いて

 

 

感謝と、嬉しさしかなかった

 

 

 

店長は誰よりも如月を思い、説教してくれていた。

 

いつでも更にでかい逆境にでも耐えられるように。

 

 

それから、店長の事を心の底から尊敬した。

 

本当に素晴らしい上司だった。

一緒に働ける事を誇りに思った。

 

 

 

そして、店長との営業は

 

三年目の春。

 

お店の老朽化による「閉店」という形で

 

幕を下ろす。

 

 

 

店長は結婚し、今は産休。

別のお店で役職も降りてパートとして働くらしい。

 

大切な人との別れも悲しかったが、自分自信が成長し、色々悩み考え苦しみ、楽しみながら日々を過ごしたお店がなくなる事はとても悲しかった。

 

けれど、店長から学んだ事は本当に多い。

 

精神的にも、人としても店長がいなければここまで成長はできなかったと改めて感じる。

 

そしてなにより、自分は自分のままでいいのだと思えた。

 

頭おかしいとか、クセが強すぎるとか

他人の目なんてもうどうでも良い

「自分の好き、ワクワクする事、興味のある事」

に全力で打ち込もうと思った。

 

 

そこから、社内、社外で面白い人

ワクワクする人を探すようになっていった

自分と同じ悩みや、考え方を持っている人と繋がりたいと思うようになった。

 

 

 

 

 

 

 

次に移動する事になったお店は社内で業績no.1を誇る店だった。

 

 

 

 

 

他店舗に行って練習していたこともあり上司から

 

「やる気あるやつ」

 

と認識されたらしい。(先輩が言っていた)

 

そして、営業も精一杯頑張り他店舗への視野をどんどん広げていった如月

 

 

ある日、堀江貴文さんの本

「炎上される物になれ」

を読んで、ハマった。

 

 

 

過去の堀江貴文さんの本を色々読んで

いつしか自分も独立して企業して

「仕事に囚われない生き方」

をしてみたいと思うようになった。

 

 

 

そんなモチベーションで働いてるやつはもちろん会社にはいないのでもちろん、また最近孤立気味になってますww

 

 

 

「石の上にも三年」

「一生一つの仕事に磨きをかける」のが美徳という精神がまだまだ根強く残っている現代社会において

 

やっぱり「生き辛さ」を感じます。

 

 

「仕事舐めてんのか」とも良く言われます。

 

 

 

考え方や価値観、視野の違いで圧殺されそうなのはもう沢山です。

 

それならば共に違う目標でも良いから切磋琢磨して結果を残そうと一緒に頑張れる人達と楽しく働きたいと思うのです。

 

 

何か面白い人はいないかと探していたところ

 

Twitterで見つけたのが

プロ無職の「るってぃ」さん

 

現在フリーランスとして活躍しており、年間300万のスポンサーを持っている方

 

「自分の経験をお金に変える」

という理想の働き方をしている人でした

 

そしてそれを見て

 

「あ、これやりたい」

 

 

と思ったのが始まりでしたw

 

そこで、独立するにあたってまずは発信力と自立する為のスキルを磨こうと思ったのです。

 

そして始めたのがこのブログ

 

 

 

今自分に出来る事をして

「ワクワクする人達」と出会う為に如月の人生を一つのコンテンツとして皆様に提供しよう!!

と考えたのです。

 

 

 

ちなみに、如月のスペックは現段階で

 

・高卒

漢検三級

・文書三級

 

これだけですww

 

さぁ、この低スペックの如月がどこまで上り詰められるのか!!

 

追いがいがあるでしょう如月というコンテンツ!!!!(うるさい)

 

勢いと!!!

 

思いつきと!!!

 

アホみたいな行動力!!!!

 

それを生かして今後も活動していきますのでどうか皆様!!!!

 

 

暖かい目で見守ってください!!!!

 

ありがとうございました!!!

 

 

[文章力のないブログをここまで読んで頂き本当にありがとうございます。割愛した所や他にも伝えたいことも色々ありますのでこれからの活動を通してそれも伝えていければと思います。なので、これからも応援の程よろしくお願い致します]

 

ありがとうございました